Coach's VIEW は、コーチ・エィのエグゼクティブコーチによるビジネスコラムです。最新のコーチング情報やコーチングに関するリサーチ結果、海外文献や書籍等の紹介を通じて、組織開発やリーダー開発など、グローバルビジネスを加速するヒントを提供しています。
コーチングでビジョンは描けるのか
「ビジョンを発信して欲しい」
「魅力的なビジョンがあるからこそ、○○さんについていきたい」
このように、リーダーはビジョンの発信を周囲から期待されることが多いのではないでしょうか。
コーチングでも目の前の目標だけでなく、
「この会社で何を実現したいのか?」
「そもそも自分は人生で何を成し遂げたいのか?」
といったテーマで、クライアントと共にビジョンを描く対話に取り組むことが多々あります。
しかし、実は、それはそう簡単なプロセスではないと私は感じています。
リーダーの多くはビジョンを描き、発信することに苦心されているように思います。その背景には、周囲からの期待に応え、会社から与えられたKPIや目の前の目標を確実に達成してきたプレイヤーとしての成功があります。だからこそ、会社から高い評価を受けている反面、自分自身ではビジョンを描いてこなかった可能性が高いからです。
では、コーチングの中で対話することで、ビジョンをどのように描けるのでしょうか?
本当に実現したいこととは
事業部長に就任した Aさんは、部下である部長のほうが仕事内容をよく分かっている中で、自分が何をすべきかを迷っていました。それを見つけるために、「事業部長として何を実現したいのか」について、コーチングの中で対話することになりました。
最初にAさんから出てきたのは、その年度の会社の売上・利益などのKGI、それに対するKPIでした。それを語るAさんの様子は淡々としていて、決まっていることをただ話しているように見えました。私には、Aさんが本当に手にしたい未来には聞こえませんでした。
それらは事業部長として期待されていることなので、Aさんが実現したいことにはちがいありません。ただ、Aさんが実現したいビジョンはもっと他にあるのではないかと感じました。
「あなたはどんな人か?」を探求する
私の好きな『リーダーシップの旅』という本の中に、こんな一文があります。
「中年の夢が、神の啓示の如く、非連続的に突如下りてくるというわけでもないだろう。むしろ今まで生きてきた自分、自分が無意識にしても大切にしてきた自分との連続線上に、夢が浮かび上がってくるものだと考えられる。変な比喩だが、ナメクジがゆっくりと這った後には白い線が残る。這っていく先に線は見えないけれど、後ろにはまるで道のように跡が残っており、それが進むべき方向を指し示しているように見える。(中略)大人が見る夢、それは一人一人が、自分にとってのナメクジの跡を振り返ることから始まっていくような気がする。(※1)」
この「今まで生きてきた自分」「自分が無意識にしても大切にしてきた自分」は、まさにコーチングにおいて基本となる問いのひとつ「あなたはどんな人?」を探求する中で何度も向き合うことです。
ビジョンを描くとき、ここからスタートすることが重要だと私は感じています。
「あなたはどんな人ですか?」
「なぜこの会社に入ったのですか?」
「今もこの会社を選んでいるのはなぜですか?」
「これまでで一番感情が溢れたような体験は?」
「あなたの強みは?」
「あなた」について話していると、おそらくたくさんの想いが溢れてくるのでしょう。興奮しながら楽しそうに話される方、時に、当時のことを思い出して涙ぐまれる方もいらっしゃいます。そして、ビジョンが描けないと少し後ろめたそうにされていた方も、「これまで私は自分で道を選んで、チャンスをつかみ取ってきたからここにいるのだ」「困難な事も必死で乗り越えてきた」「私はこれからも自分で未来を選択することができる」と自信を取り戻した表情に変化していきます。すると、実現したいこと、それを叶えるための自分の強みや経験、そして、一緒に実現していく周囲の方々といった未来へのイメージが広がっていきます。キャンバスに少しずつ絵を描くように、その方自身のビジョンの輪郭がはっきりとしていくのです。
前述のAさんも「あなたってどんな人?」を対話し続ける過程で、自身がいくつもの部署を経験してきたこと、その中で経験のない分野のプロジェクトリーダーをいきなり任されたこと、対立しがちだった他部門に自部門の意見やアイディアを理解してもらったことなど、多くのチャレンジングな目標を自ら乗り越えてきたことが今に繋がっていることを思い出しました。同時に「それは会社が自分の成長を考え、機会や場を提供してくれていたからこそだ」と深く感謝するようになり、
「今度は自分がそういう環境を多くの社員につくりたい。多くの社員が自分の成長を感じて輝ける組織にしたい」
というビジョンを描くようになりました。それからは、周囲の評価に惑わされることなく、自身のビジョンに向かって行動や振る舞いを選び始めました。「自分で未来を選んでいる」と思えたことにより、以前よりもコーチングの中で自身の考えを話す時に迷いが少なくなっているようにも感じます。
ビジョンが描ける環境・関わりとは
エドワード・デシ(Edward L. Deci)とリチャード・ライアン(Richard M. Ryan)が提唱した自己決定理論(Self-Determination Theory)に以下の論説があります。(※2)
「自律的な目標調整とは、人が自らの価値観や目標を深く承認し、それらを自己の他の側面と統合している状態で起こる。」
これは、目標やビジョンは外から与えられるのではなく、自己の価値・経験が統合される過程で“自分のもの”として生まれるということです。
さらに、同論文ではこう述べられています。
「自律性を支える社会的環境は、人々が自分の意思で取り組む力や、自分をうまくコントロールする力、そして自分の大事にしたい価値観をしっかり自分のものにしていく力を育てる。」
コーチングに置き換えるならば、コーチがクライアントの考えを否定せずに受け止め、クライアント自身の価値観や経験を丁寧に振り返る対話をし、クライアントの内側からの動機を尊重して関わることで、クライアントは自分の大事な価値観に気づき、自分の未来につなげていくことができる。すると「自分の言葉で語るビジョン」が形成されていく、といえるのではないでしょうか。
そして私は、コーチとしてクライアントとビジョンを描いてきた体験からこんな風にも感じています。
ビジョンを描くことは、リーダーにとって『自分の手で未来を選び取れた』という自信をもたらし、その自信は行動を変え、周囲への影響力やその質をも変えていく。
あなたはどんな人ですか?
《関連資料》
この記事を周りの方へシェアしませんか?
【参考資料】
※1 野田 智義 (著)、 金井 壽宏 (著)、『リーダーシップの旅』、光文社、2007年2月16日
※2 Deci & Ryan, 「Self-Determination Theory」, 2000
※営利、非営利、イントラネットを問わず、本記事を許可なく複製、転用、販売など二次利用することを禁じます。転載、その他の利用のご希望がある場合は、編集部までお問い合わせください。

