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「変わらない」を引き受ける ―― 成長支援という名の自己変革

成長を支援する。

この言葉の軽やかでどこか甘い響きとは裏腹に、頭によぎるのは「部下をなんとしてでも成長させねばならない」という義務感や使命感。実際、何が支援になるのかは人それぞれで、その成果も不明瞭。熱心に手を差し伸べているつもりなのに、相手の足取りはかえって重くなっている……そんな言葉が空を切るような感覚に陥ったことはないでしょうか。

私たちはどこかで、成長というプロセスを「操作可能なもの」と錯覚しているのかもしれません。設計通りに入力をすれば、期待通りの出力が得られる、と。しかし、人の変容とはもっと曖昧で、不確実なものです。

成長を支援するとは、一体何を引き受けることなのでしょうか。そして、そのプロセスにおいて変わるべき主体は、本当は誰なのでしょうか。

「成長支援」とは?

かつての私は、この問いに明確な答えを持っているつもりでした。

成長支援とは、相手の未来をともに描くこと。その実現に向けてエネルギーを渡すこと。気持ちだけの応援ではなく、具体的な行動ができるような関与をし続けること。成長に向けて変わることを決めるのは本人であることが大前提ではあるものの、重要なのは、その当事者意識を目覚めさせるような関わりをすること。

模範解答のようだと自分でも惚れ惚れしますが、ではこの通りになったのかといえば全くそうではありません。あるチームメンバーの離職によって、根底にあった傲慢な前提が露呈することになります。

キャリア入社の彼は、採用時の期待値を満たすことができないまま長い間くすぶっていました。入社から2年経った頃、私は彼の育成担当になり、そこから1年半伴走しました。彼は決して能力が低いわけではありません。ただ、仕事のスピード感や課題への向き合い方が、私の期待とは全く異なっていました。そんな彼を前にして、いつしか3つの毒素が「成長支援」の邪魔をし始めました。

3つの毒素

ひとつ目は、「私だったら」という物差しです。
「私だったら、ここまで言われれば動くのに」「私だったら、この状況ならこう判断するのに」。私の成功体験を絶対的な正解とし、彼を「自分とは異なるOSで動くひとりの人間」としてではなく、「壊れた自分」のように見てしまい、修理できないことにいら立っていました。

2つ目は、配慮に見せかけた「臆病さ」です。
「相手も大人なのだから、あまり踏み込むとしつこいだろう」と自分に言い聞かせ、厳しい対話を避けました。しかし、それは相手への配慮ではなく、踏み込んで拒絶されることや、泥臭い感情に触れることを恐れた、私の保身からくるものでした。

そして3つ目は、正論を盾にした「怠慢」です。
きれいな未来を一緒に描いたら、あとは「それくらい自分で判断するのが自律したプロだ」と突き放す。それは、彼が何に躓いているのかを共に見極めるエネルギーを惜しみ、尊重という名を借りた「放置」を選択した瞬間でした。

結果として、彼は退職しました。最後に交わした言葉は前向きなものでしたが、それは彼の100%の本心ではなかったのではないかと今は思います。

私は彼を信じていたようで、一度も彼そのものを見ていませんでした。「私の関わりによって理想的に変わるはずの、都合の良い彼の姿」をひたすら追い求めた1年半だったように思います。この苦い経験から学んだのは、成長支援の本質は「支援する側の成熟度」にあるということです。

本当に変わるべき主体は

相手を本気で成長支援しようとすればするほど、リーダーには本能的な恐怖が伴うのではないかと思います。

相手の弱さに触れると、自分の未熟さが露呈する。
相手の停滞は、自分の関わり方の限界を映す鏡となる。

自分の正解が通用しない相手を支援することは、これまでの自分自身を否定されるような感覚に陥り、「私はできている、わかっている」という安全な立場にい続けられなくなってしまうからです。自分とは全く異なる性質の部下に関わったり、ましてや自分を超えるような存在を開発しようとすればなおさらでしょう。

しかし、だからこそ「成長を支援する」ことはリーダーをより成熟させると思うのです。自分とは異なる他者を受け入れ、思い通りにいかないもどかしさを抱えながら、なお隣に立ち続ける。その「もどかしさ」に翻弄されるプロセスを通じて、リーダーの器はしなやかに、厚くつくり直されていくように思います。

「成長を支援する」ということは、決して美しい物語ばかりではありません。むしろ、無力感に苛まれ、リーダーとしての自分の小ささを突きつけられることの連続です。相手は変わらないかもしれない。期待は裏切られるかもしれない。丹精込めて関わった相手が、ある日突然、違う空へ飛び去ってしまうかもしれない。

しかし、その不確実性をまるごと引き受け、それでも自分がどう関わるかを問い続けることにこそ、リーダーがそこに取り組む真の価値があると私は思います。

そしてもうひとつ大事なのは、相手が自分自身を信じられなくなった時でも、その可能性を信じ続けること。たとえ今、目の前の相手が変わっていなくても、ゴールの旗を掲げ続けることができるかどうか。未来を本気で信じている人の言葉だけが相手の心の奥に残り、やがて訪れる変容の瞬間の糧となるのではないでしょうか。

成長を支援するとは、相手を変えることではありません。
変わらない可能性に揺さぶられ、もがきながらも、それでも関わり信じ続けること。そしてその静かな格闘の過程で、相手が変わる前に、まず自分自身が変容を遂げていく。
私たちは、他者の成長を支援することを通じて、自分もまた「変わる」ということを試されているのではないでしょうか。

《関連資料》
【事例コラム】 3つの事例で学ぶ 部下が育つ上司の関わりとは?

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