Coach's VIEW は、コーチ・エィのエグゼクティブコーチによるビジネスコラムです。最新のコーチング情報やコーチングに関するリサーチ結果、海外文献や書籍等の紹介を通じて、組織開発やリーダー開発など、グローバルビジネスを加速するヒントを提供しています。
成果が出ているのに変わらない組織の正体
~コンピテンシーとキャパシティ
あるとき、私が組織変革に関わるA社の社長が、こう言いました。
「このままでは、私たちは変われないかもしれない」
この言葉の背景には、変革に臨む組織が抱えがちな課題がありました。
正しく手を打ち成果が出ても、なお残る停滞感
組織が停滞するとき、私たちは原因を探します。
戦略が悪いのではないか。
実行力が足りないのではないか。
あるいは、人材の能力が不足しているのではないか。
その結果、多くの企業がまず着手するのが、コンピテンシー(能力)の開発や見直しです。
リーダーシップ研修、専門スキルの強化、評価制度の見直し、配置転換。
これらの対策はいずれも妥当性があり、そして、なにかしらの成果も出るでしょう。
しかし現場では、こうした施策を講じてもなお、組織の動きが大きく変わらないという声がよく聞かれます。
確かに一定の成果は出ている。それでも、どこか頭打ち感が残る…。
A社は、まさにこの状態でした。
A社の経営チームで起きていたこと
A社の経営チームは、個々の能力も高く、論理的思考力、実行力、業界知見、いずれも高い水準にあります。そんな彼らが協力して、組織体制を見直し、優秀な人材を採用し、勝ちパターンの分析を深め続けている。もちろん個の能力開発にも、そのための仕組みづくりにも手を打っている。
にもかかわらず、会社全体としていくつかの変化がみられるものの、誰もが手ごたえを感じられるほどの変革には至らないのです。
議論は確かに尽くしている。その結果打っている施策も機能し、その見直しも、議論も続けている。ただ、いつも結論はどこか見覚えのあることばかり…。役員たちは、同じ結論に収束し続けていることに違和感を持ち始めました。対話を重ねる中で見えてきたのは、彼らが起こしていたのは「変革」ではなく、「同じことを、より高度に繰り返す状態」だったということでした。
それを裏づけるように、A社は厳しい現実を突きつけられます。市場シェアが大きく落ちたのです。敗因分析をする中で見えてきたのは、彼らが既定路線に磨きをかけている間に、競合他社はすでに土俵変えをしかけていたという事実でした。つまり、競争の土俵そのものが他者に奪われ、A社は新たな機会を失っていたのです。
優秀な組織ほど陥る罠
合理的な意思決定を積み重ねて成果を出してきた優秀な組織ほど、その成功を支えてきた「前提」を疑わなくなります。それは当然です。むしろ、そうでなければ経営は安定しません。
しかし同時に、その前提は、環境が変わった瞬間、「制約」へと転じます。このとき、多くの場合、特に能力が高い組織は、さらに「能力」で突破しようとします。しかし、制約がある限り、どんなに能力を高めようとも、その使われ方、発揮の仕方に限界が出てくるのです。
A社、そして経営チーム自体、まさにこの罠に陥っていたのです。
ひとつの問いが起こした変化
そんな経営チームの転機となったのは、社長自身が発した問いでした。
「私たちが「正解」だと思い込んでしまっていることは何だろう?」
この問いは、議論の中身ではなく、社長と役員たちを、その議論の前提に目を向けさせました。
場が静まり返ります。
それまでの議論はすべて、既存の前提の内側、つまり制約下で行われていたからです。
それが社長の問いによって揺らいだとき、経営メンバーたちはそれまでとは異なる視点で語り始めました。
「守るべきとされていた事業が、実は最も変えるべき対象なのではないか」
「リスクとして避けていた投資こそが、唯一の成長機会なのではないか」
既存の前提という制約が外れた瞬間、議論の流れと質が変わり、その中で経営メンバーたちが持っていた思考力、実行力が新たに機能し始めていきました。
人と組織の「成長の構造」
~コンピテンシーとキャパシティ
ここで整理したいのが、成長の二つの側面です。
ひとつは、「コンピテンシー」。
知識やスキル、経験といった「できること」、すなわち「能力」の向上です。
もうひとつが、「キャパシティ」。
前提などを含む「意味づけの枠組み」、すなわち「とらえ方」の広がりです。
人と組織の成長は、「コンピテンシー」 × 「キャパシティ」によって決まります。
かみ砕いていえば、成長には、知識やスキルを増やしたり高めたりする「能力」と、意味づけが変容する「とらえ方」の異なる側面があるということです。後者は、単に情報が増えるのではなく、自分が見ている世界の意味づけが書き換わるような変化です。この二つは、相互に作用することではじめて、成果につながる変化となります。
能力を高めることは重要です。しかし、それがどんな「とらえ方」の中で使われるかによって、生み出される成果はまったく変わります。
つまり、「とらえ方」が変わらない限り、能力開発への投資が、次第に頭打ちとなるのも自然なことなのです。
「とらえ方」を揺さぶる対話が組織を動かす
「とらえ方」の変化は、多くの場合、「問い」による対話によって起こります。
「自分たちは何を前提に意思決定しているのか」
「その前提は、いまも有効なのか」
「それを外したとき、何が可能になるのか」
こうした問いを持った瞬間、それまでの「とらえ方」が揺さぶられ、見えている世界が変わり始めます。
見え方が変わると、能力の使われ方、発揮のされ方も変わります。
同時に、意思決定の質にも変化、さらには進化が起こります。
とはいえ、現実には、本質が簡単に変わることはありません。行きつ戻りつしながら、繰り返し同じ問いに向き合い続けることになります。
A社の社長は、そうした対話を重ねる中で、それを後ろ向きな停滞ではなく、前提に揺らぎが生まれる持続的成長プロセスとしてとらえるようになりました。もちろん、そこには明確な正解はありません。だからこそ、社長と私は、協働をより重視し、問いを共有し続けることに意味を見出していきました。
そして、社長が問いとともに現実に向き合うあり方は、役員たちの意思決定の質そのものに、静かに影響を及ぼし始めました。
経営トップであるほど、自分の意見や見方に迎合する人は増えても、自分とは異なる意見や見方をそのまま返してくれる相手は少なくなります。それは自分の持っている前提やとらえ方を疑う機会の喪失を意味します。
だからこそ、意図的にそうした対話の機会を持つかどうかで、見える世界は大きく変わっていきます。コーチングという言葉を使うかどうかは別として、互いの考えを持ち寄り、問いでそれぞれの前提を揺さぶる対話は、経営にとって極めて実践的なものです。
先日、A社の役員と話す機会があり、その方がこう言いました。
「私は経営チームを、自分が揺さぶられる体験の場にしたい」
その言葉を聞いたとき、このチームは変わり始める、と私は確信しました。もし今、組織にどこか停滞があるとしたら、それは、能力が足りないからではなく、見えていないものがあるだけかもしれません。
あなたは、今、どんな前提で意思決定をしているでしょうか?
そして、あなたがどんな前提から解放されると、組織は飛躍するでしょうか?
この記事を周りの方へシェアしませんか?
【参考資料】
・ ロバート・キーガン他(著)、『なぜ人と組織は変われないのか−ハーバード流 自己変革の理論と実践』、英治出版、2013年
※営利、非営利、イントラネットを問わず、本記事を許可なく複製、転用、販売など二次利用することを禁じます。転載、その他の利用のご希望がある場合は、編集部までお問い合わせください。

