Coach's VIEW

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修羅場と成長、そのあいだにあるもの

次世代リーダー開発の場面で、「タフアサインメント」という言葉をしばしば耳にします。

「リーダーとして大きく成長して欲しい」
「未来の経営を担う人材に育ってほしい」

そんな想いを込めて、タフアサインメントを課し、修羅場を経験させることで、リーダーを育成し成長させる。

ただ、実際の現場を見ていると、それがいつの間にかリーダーとしての力量や成長を見立てるための「試金石」として運用されてしまっている。言い換えるなら、対象者を試し、「修羅場を潜り抜けられたか」で判断する。そんなケースも少なくありません。

しかしこのとき、試されているのはむしろタフアサインメントを課している側なのではないかと思うのです。

「修羅場」を「証明書」として使うことで、見えなくなるものがある

負荷が人を鍛えるという側面は、確かにあります。修羅場を乗り越える中で、判断に厚みが増し、視野が広がり、覚悟が育つこともあるでしょう。だからこそ、修羅場を経験してきた人材に価値を感じるのは自然なことです。

ただ、「修羅場を潜り抜けてきたか」がいつしか「成長の証明書」のように使われ始めると、見えなくなるものがあります。

「修羅場を潜り抜けた」といった厳しい経験の履歴は、分かりやすい指標です。 しかし、分かりやすさに寄りかかるほど、私たちの見立ては浅くなります。

その人が今、どのように状況をとらえ、何に迷い、何を学び、次にどう進もうとしているのか。 本来、成長とは、そうした「現在の向き合い方」の中に表れるものです。

経営やマネジメントにおいて問われるのは、まさにその「見えにくい変化」をとらえる力ではないかと思うのです。

「成長」を左右するのは、出来事との“関わり方”

そう思うようになったのは、以前、採用を担当していたとき、応募者が面接で語る「修羅場を潜り抜けた」という経験が、新たな環境での力の発揮に必ずつながるわけではないことを経験したからです。ただそのときの環境に適応できただけ、違う環境にも適用できる力に変えられていない、そんなケースを少なからず目にしたのです。

そして今、コーチとして人の変化に立ち会っていると、成長は必ずしも劇的な場面で起こるわけではないと感じます。それはむしろ、日々の意思決定や対話、試行錯誤の積み重ねの中で、静かに現れてきます。

うまくいかない。
少しやり方を変えてみる。
それでも届かない。
だからもう一度、見直してみる。

その繰り返しの中で、視点が変わり、他者との関わり方が変わり、自分の役割の引き受け方も変わっていく。そこには、目立つ成功体験も、分かりやすい武勇伝もないかもしれません。けれど、組織を支える人材の成熟は、往々にしてこうした変化の中に宿ります。

成長として残るのは、何を経験したかではなく、その経験にどう関わったか、その質です。
それは修羅場においても同様です。
同じような負荷を経験しても、その苦しさを、ただ耐えるものとして抱えるのか。 それとも、自分や組織に何かを知らせるものとして受け止めるのか。それにより得られること、獲得される力は大きく異なります。

「自分は今、具体的に何に苦しんでいるのか」
「これまでの成功パターンのどこが役立ち、どこが通用しないのか」
「新たに備えるべき能力、試すべきアクションとは」
「この苦境の中でも、私たちが守るべきことは何か。逆に手放すべきことは何か」
そうした問いが立ち上がるとき、 苦しさは学びへと昇華され、目の前の難局を乗り越える手がかりとなるだけでなく、意思決定の質を高める機会となります。

修羅場が人を育てるのではなく、修羅場の中で何を問い直したかが人を育てるのです。

押されて進むのか、自分の足で踏み出すのか

タフアサインメントや周りからの期待。人は、外から強く求められれば、前に進むことはできます。 ただ、その歩みは一時的で、どこか借り物になりやすいものです。また、経営学者クリス・アージリスは、人はプレッシャーや脅威を感じると、学ぶのではなく自分を守る行動に入りやすいと指摘しています(※)。

つまり、外から負荷をかければ成長するとは限らず、むしろ防御が働き、学習が止まることもあるということです。

一方で、「この経験から何かを掴みたい」「自分ごととして受け止めたい」という感覚が内側に芽生えるとき、同じ一歩でも足取りが変わり、進み方そのものが変わっていきます。
負荷の量ではなく、意味づけの変化。
成長が加速するとしたら、それは自分の足に体重が乗るこの瞬間なのかもしれません。持続的な成長として組織に残るのは、こちらの進み方ではないでしょうか。そしてそれは、本人の資質だけでなく、周囲の関わりによっても大きく左右されます。

育成する側に問われていること

人が本当に育つのは、任せた側もまた、そのプロセスに責任を持ち、共に向き合うときではないでしょうか。

「この経験を通して、何が見えてきたのか」
「どこに手応えがあり、どこに限界を感じているのか」
「次の一歩で、何を変えてみたいか」

そうした問いを間に置き、共に考えることで、相手の視野は広がり、経験は学習へと変わっていきます。

ここで鍵となるのが、好奇心と面白さを生み出せるかどうかです。
「この役割で、何が見えるようになると面白いか」
「成功してきた人たちは、どんな問いで景色を見ているのか」
「この案件を未来に向けた“練習”だととらえるなら、何を試したいか」

負荷や苦労を「探求」へと変換する光を当てる。
上司の仕事は、対話を通じて見方を更新していくことでもあるはずです。
必要なのは、上から「ここまで登ってこい」と試すことではなく、同じプロセスに責任を持ち、育成する側も挑戦しながら、共に成功をつくっていくことなのではないでしょうか。

今、相手が、目の前の現実とどう向き合おうとしているのか。

その静かな変化をとらえられるかどうかが、育成者として、そしてリーダーとしての成熟を問うているのだと思います。

人の成長を支える立場にある私たちは、その経験が相手の内側でどんな問いを生み、どんな意味として引き受けられているかをどれくらい見ているでしょうか。同時に、自分はそのプロセスに、どこまで責任を持って関わっていくのか。問われているのは、そこなのかもしれません。

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【参考資料】
Chris Argyris, “Overcoming organizational defenses : Facilitating Organizational Learning”, Prentice-Hall, 1990

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