Coach's VIEW は、コーチ・エィのエグゼクティブコーチによるビジネスコラムです。最新のコーチング情報やコーチングに関するリサーチ結果、海外文献や書籍等の紹介を通じて、組織開発やリーダー開発など、グローバルビジネスを加速するヒントを提供しています。
未来の自分から今のリーダーシップを考える
今日から新年度を迎え、多くの企業で人事異動や役割の交代が始まっています。組織にとってこの時期は、まさにトランジション(移行)の季節といえるでしょう。
「移行」を成功させるために、最近は日本でも経営戦略にサクセッサープールの整備やサクセッションプランを組み込む企業が増えてきました。加えて、指名委員会の設置や後継候補の可視化など、制度面は確実に進化しています。
しかし、制度を整えただけで、移行期のバトンパスは成功するのでしょうか。
移行期に問われること
移行に向けては、後任の実績や力量に注目が集まりがちです。特に制度の中では、「これまでどんな成果を上げてきたのか」「どんな経験が足りないか」「候補者の中で誰が一番ふさわしい能力を備えているか」といった議論が、活発に行われます。
しかし、『ハーバード流マネジメント講座 90日で成果を出すリーダー』には、成果の成否を分けるのは、能力そのものではなく、「移行期への適応」であると述べられています(※)。
どれほど優秀な人物でも、新しい役割、新しい期待、そして新しい人間関係に適応できなければ成果は出ません。逆に言えば、適応が進めば成果は後からついてくるのです。この視点に立つと、移行期は単なる業務や役職の引き継ぎではなく、周囲との関係性を再構築するプロセスだと分かります。
さらに、見落とされがちなのは、それは「受け取る側」だけの課題ではないということです。「渡す側」がどのような態度で関わるかによって、組織全体の空気は大きく変わります。もし、前任者が無意識にしろ影響力を残し続ければ、後任は常に比較され、判断のたびに過去の基準に引き戻されます。組織は二重構造となり、意思決定のスピードは落ちます。
陸上のリレーで、走者がどれほど速くても、バトンの受け渡しが乱れればスピードは落ちてしまうのと一緒です。勝敗を分けるのは、走力だけではありません。バトンゾーンで、いかにスムーズにバトンを受け渡せるか。それがとても重要なのです。
バトンを渡す側の視点の変換
現在、次世代リーダー開発の一環としてコーチングを活用する企業で、社長交代を控えた現職社長A氏のコーチを担当しています。
業績も安定し、後継者も育っている。外から見れば、順調な承継です。しかし、社長を任された経験はあっても、任せる経験をするのは初めてです。対話を重ねる中で浮かび上がってきたのは、「本当に任せきれるだろうか」という不安でした。
長年築き上げてきた判断基準、人脈、影響力。それらを手放すことは、社長という役職を離れる以上に、自分という存在そのものを問い直される体験です。
自分が築いた成功の物語が、新しい物語に塗り替えられていくかもしれない。
その可能性を前にしたとき、人は無欲ではいられません。彼は、引き継ぎまでの期間で現在進めている案件を成功させ、会社業績や株価をさらに高めてから、後任にバトンを渡したいと語りました。
私は彼に問いかけました。
「社長としての最終日、あなたが“やりきった”と心から思えている瞬間、何が実現していますか。」
「そのとき、周囲の人は、あなたをどんなリーダーだったと言っていますか?」
しばらく沈黙したあとで、A氏はこう語りました。
「後任が自分の色で経営している。私は口を出さず、それを誇りに思えている」
その瞬間、テーマは「自らの力」から「手放す力」へ移ったと感じました。自らの成果を残すことではなく、後進に成果を託すこと。それが彼にとっての本当のチャレンジだったのです。
「未来の誇り」から今をみる
このとき、A氏と対話を通して行ったのは、心理学でいう「未来自己(possible selves)」の形成です。人は「ありたい自己像」が明確になるほど、現在の行動が変わるという考え方にもとづいています。
A氏にとっての未来自己は、「影響力を持ち続ける元社長」ではなく、「任せきったと言えるリーダー」でした。そのイメージが明確になったとき、会議への出席の仕方、助言のタイミング、後任との距離感といった日々の行動を、自ら見直し始めています。
「未来にどんな自分でありたいか」が、今の「選択」を決めるのです。
とはいえ、もちろん、移行に際してA氏の不安が完全に消えたわけではありません。不安は残り続けています。しかし、その意味づけは確実に変わりました。「誇りある終わり方」を選んだことで、「任せるのが怖い」という感情は、もはや障害ではなく、「ではどうするのか」という問いとなり、選択肢を増やしたのです。
移行期に必要なのは、不安をなくすことではなく、不安を扱える自分になることです。
そのとき、コーチの役割は、助言を与えることではなく、「未来の誇り」を具体化させ、その視点から現在の不安と向き合わせ、関わり方を自ら定義できるようにすることです。
移行期に問われるリーダーシップ
私は多くのエグゼクティブと向き合ってきましたが、移行期ほどリーダーの本質が現れる瞬間はありません。バトンを受け取る人、そしてバトンを渡す人。そのどちらにとっても、移行期は能力以上に「あり方」が問われる時間です。
優れた後継者を選ぶことも重要です。しかし、その交代を本当に成功させるかどうかは、前任者がどのようにバトンを渡すかにかかっています。
次のリーダーが、いち早く周りと新たな関係を築き、自分の物語を新たに始めることができるかどうか。それは、前任者の「あり方」次第です。どこまで関わり、どこから引くのか。その線引きはマニュアルでは決まりません。だからこそ、未来の誇れる自分から、現在を見直す視点が必要になります。
あなたは、未来のどんな自分に誇りを感じるでしょうか。
その誇りのために、何を次世代に託しますか。
《関連資料》
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【参考資料】
※マイケル・ワトキンス(著)、『ハーバード流マネジメント講座 90日で成果を出すリーダー』、翔泳社、2014年
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