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離見なき芸、未完に留まる
「たかこちゃん、えらくなっちゃったね〜」
喜多流の能を20歳の頃に始めて、気づけば30年近く。途中、育休で長く稽古から離れていましたが、昨年復帰しました。
子どもの時に習っていたピアノが今でも弾けるように、仕舞も謡もすぐにできるようになるだろう。そんなふうに思っていました。
基本姿勢である“構え”。
スタート位置に構えて立つ、その佇まいにこそ能の美しさが最も宿るものです。
でも、それができない。
以前は、余計なことを考えずにできていた先生の発声の模倣も思うようにいかず、イメージする声が全く出ない。
「こんなはずではない」と違和感を抱きながらも、「時が解消するに違いない」と半ば流そうとしている自分がいました。
そんな中で先生からかけられたのが、冒頭の言葉です。
意味が分からないまま立ち尽くす私の前で、先生は無言でふたつの姿勢を見せました。
ひとつ目は、昔の私。
少し前傾で、自然に前に重心が乗り、余計な力が入っておらず安定している姿勢。
もうひとつは、今の私。
体が起きて、重心は後ろ、軸がぶれるのを力で抑えている立ち姿。
「ああ、そういうことか」
——何とも粋なフィードバック!
妙に力が抜けない。脳が何かを処理し続けたまま、心が落ち着いていない。
そして何より、“えらそうに見える”。
思ってもいなかった姿で自分がそこに在ることを自覚しました。
良質なフィードバックがもたらすものとは
それ以来、私の頭にはずっともやーっと問いが残り続けます。
「私は、どう在るのだろう?」
どれだけ自分が頭の中で丁寧に考え、誠実にあろうとしても、相手に届いているのは、その姿勢、その佇まい、その一挙手一投足です。
「お辞儀は、本当に頭が下がっているか」
「椅子に座るとき、ふんぞり返っていないか」
「相手の話を聞くとき、顎が上がっていないか」
先生は、「もっと前傾に」とは言いませんでした。代わりに、「えらくなっちゃったね」と言った。この言葉には、余白があります。笑って受け流すこともできるし、「そんなことないですよ」と否定することもできる。けれど同時に、本質に向き合うかどうかを静かにこちらに委ねてくる。良質なフィードバックとは、状況や動きを的確に返すだけでなく、その人の在り方に気づきを起こし、受け取るかどうかの余白を残すものなのかもしれません。
「離見」に本当に向き合えているのか
ここで思い出すのが、世阿弥が『花鏡』に残した「離見の見」という言葉。
自分の観点は「我見」、観客の観点は「離見」。我見では目の前や左右を見ることはできても自分の後ろ姿や演じている姿は見られません。
ビジネスにおいてもフィードバックの重要性を語る際によく引用される言葉ですが、この言葉の本質を分かった気になってはいないでしょうか。私たちは「離見」に本当に向き合っているでしょうか。
おそらく、多くの人にとって向き合うことは簡単ではありません。理由は単純で“痛い”から。自分が思っている自分と、他者に見えている自分のズレを知ることは、想像以上に居心地が悪い。けれど、リーダーという“役”割、芸をうまくいかせるには、ズレの放置はいただけません。
“役”である以上、それは見られるものです。内面で何を考えているか以上に、「周囲がどう見ているか」がそのまま影響力になります。
そしてリーダーは、他者がいて初めて成立します。観客のいない舞台に、役者は存在しないのと同じ。つまり、周囲がどう見ているかを知らないままリーダーでいることは、目を閉じて舞台に立っているのと変わりません。
フィードバックを受け止める
では、どうするか。方法はシンプルです。短い単位で自分について聞いてみる。
たとえば、会議の後で「私の表情は、どう見えた?」と。
私は、あの日以降、ちょこちょこ周囲に聞いてみています。
「1on1や会議の中で、私がよく使う言葉は?」
「今朝の私の顔は、どう見える?」
「正直、偉そうに見えますか?」などなど。
返ってくる言葉は、時に“痛い”言葉です。
・肩に力が入っていて、安心感や余裕を感じない。
・会議室から会議室へ、いつも小走りしている。
・興味が薄い話題では、驚くほど分かりやすく無表情。
このご時世、セクハラ・パワハラをはじめとした〇〇ハラに恐れ、特に見た目に関するフィードバックは、自然体では得にくくなりました。中でもネガティブに受け取られる可能性のあることは、まず口にされない。ということは、よほど突出していることでない限り自然に気づくことはない。そう思っていた方が現実的です。だから、せっせと取りにいく。
そしてもうひとつ重要なのは、受け止めること。
できれば、一度笑いに変えた後でもいいので、逃げずに受け止めてみる。
言い訳せずに、
「そう見えていたんですね」
「正直に教えてくれてありがとう」
と返す。
実際に続けていると、ちょっと痛いけれど重要なフィードバックを言ってくれる可能性が高まることを実感します。最近では、若手男性社員からこんな一言もありました。
「たかこさんて、ガニ股でドスドス歩きますよね」
…自覚はありましたが、初めて受け止めて、本気で向き合っています。
このようなコミュニケーションが継続されれば、関係性も変わっていきます。言いにくいことも言える関係性は、心理的安全性の土台にもなっていきます
世阿弥は、演者は観客の目を通して演じている自分の姿も見なければ、芸は完成しないと言いました。
さて、あなたのリーダーという名の芸は、周囲にどのように見えているでしょう。
その姿は、あなたが果たしたい“役”割にふさわしいものでしょうか。
《関連資料》
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