Coach's VIEW は、コーチ・エィのエグゼクティブコーチによるビジネスコラムです。最新のコーチング情報やコーチングに関するリサーチ結果、海外文献や書籍等の紹介を通じて、組織開発やリーダー開発など、グローバルビジネスを加速するヒントを提供しています。
見えない未来を前にすると、なぜ動けなくなるのか
今年に入ってから、次世代経営層として期待される新任執行役員の方をコーチする機会が増えました。話を聞いていると、共通して直面している難しさがあります。
それは、「見えない未来をどう見いだすか」です。
これまでの延長線上では、大きな成長は見込みにくい。
だからこそ、新しい未来を見つけなければならない。
リーダーの多くが、懸命に考え動こうとしています。
それなのに、途中で足が止まってしまう。
その一因は、未来を、まるで難しい問題を解くように考えてしまうことにあるような気がしています。
なぜ未来を「解く」ように考えてしまうか
不確実なものを前にするとき、人は正解を探したくなります。曖昧なままでいるより、答えらしきものに早くたどり着いて落ち着きたくなるのです。
その背後にあるのは、客観的に見て正しい答えがどこかにあるはずだ、という前提です。だから、正しい未来を「どう読むか」「どう当てるか」という発想で向き合う。
自分たちの会社はこれから何者になっていくのか。
市場としても大きく、競合もまだやっていないことは何か。
客観的に見ても、自分たちがやるべきことは何か。
様々な角度から未来の全体像を予測し、その中にいち早く正解を求めたいのに、そんなものはなかなか見つからず、気がつけば堂々巡り。そして見えない未来の前に立ち尽くす……。
それはクライアントだけでなく、シニアマネージャーとして会社の未来を探りあぐねていた私自身も同じでした。その中でふと、
未来が見えないときほど、この「解こうとする姿勢」がむしろ人を動けなくしているのではないか、もしかすると未来は「難しい問題を解く」ようなスタンスでいることの限界を教えてくれているのかもしれない、と思ったのです。
「定義する」ことから始める
そんなとき、ある経営者と話す機会がありました。
その方は、社長になってから執行役員たちに「経営って何ですか?」とよく聞かれるそうで、そのたびにこう答えていると話してくれました。
「経営とは、定義することから始めるんだよ」
ハッとする感じがあって、この言葉が妙に心に残りました。
「私は何を定義する必要があるのだろうか」
その経営者と別れたあとも、この問いがずっと頭の中に残っていました。
それまで、私はずっと未来を予測し、その中に答えを見つけることばかりを考えていたのです。そこに「定義する」という発想はありませんでした。
それは、自分の中に全くなかった動詞が現れた感覚でした。
何人かのクライアントにこの話をすると、返ってきたのは私とよく似た反応でした。これは未来と向き合う際のひとつのヒントになるのではないか。そんな漠然とした予感が私たちにはありました。
自然と、コーチングでも「定義する」という話題が頻繁に出るようになり、その対話を通して、未来を「定義する」とはどういうことなのかが少しずつ見えてきました。
未来を「解く」から、「定義する」へ
未来を解こうと、私はそれまでこんな風に問い続けていました。
市場はどう動くのか。
競合は何をしてくるのか。
業界はどこへ向かうのか。
その中で自分たちは何者になることを目指すべきか。
これは、「どうなりそうか」に答えることです。
対して、定義するとは、「私たちはどうするのか」を決めることです。
何を大事にするのか。
何に責任を持つのか。
何を起点にするのか。
いまの自分たちは何を引き受けるのか。
それを言葉にし、決める。
これは、未来の全体像を一気に描くことではありません。
見えない先を正確に当てることでもありません。
むしろ、見えないままでも、自分たちが何を担い、何を引き受けるのかを自ら定めることです。
そこには、ある種の責任が伴います。
だからこそ、そこには覚悟がいる。
しかし同時に、その覚悟こそが、人を前に進ませるのです。
そのことが少しずつ見えてくるにつれ、それまで「何が正解か」を考えていたクライアントが、「自分は何を定義する必要があるのか」を問い始めました。
あるクライアントは、こう語りました。
「チャレンジが起きない文化をつくってきたのは、私たちより上の世代かもしれない。だからといって、このまま次に渡してはいけない。私たちの世代で何を変えるのかを定義しなければならない」
単に考え方が変わった、ということではありません。未来に対して、受け身に正解を探す構えから、自分が何を引き受けるかを定める構えへ、重心が移っていったのだと思います。
さらに印象的だったのは、その先に起きた変化でした。
スタンスの変化が、次の変化を生む
「定義する」スタンスへと移る中で、クライアントたちは、
「この人と話してみる」
「一度、周りの反応をもらってみよう」
「現場の感覚を聞いてみたい」
と言い始めました。
他者を介在させようとし始めたのです。
自分が何を引き受けるのかを定めようとするからこそ、他者の反応や現場の感覚が必要になる。
「定義する」とは、自分一人では完結しない営みなのだと思いました。
「見えない未来」という解のない問題を、一気に一人で解こうとする必要はない。他者と話し、試し、反応を受け取りながら、共に一つずつ定義していく中で、新しい景色が見え、新しい問いが生まれる。
そうやって進めばいいのだと思うようになりました。
いま、未来への向き合い方を問い直してみる
ただ、ここで伝えたいのは、「だから定義すればいい」ということではありません。
そもそも、見えない未来に対して、いつでも通用するたった一つの正しいスタンスなどないと思っています。
むしろ大事なのは、今、自分がどんなスタンスで未来に向き合っているのかを、健全に疑い続けることではないでしょうか。
未来を「解く」ものとして見ているのか。
未来を「予測して当てる」ものとして見ているのか。
それとも、見えないままでも、自分たちが何を引き受けるかを定めながら関わっていくものとして見ているのか。
スタンスが変われば、立ち現れてくる未来も変わります。
そこから起きる変化もまた、変わってきます。
未来とは、自分たちの関わり方を変え、試行錯誤を重ねるなかで、少しずつ立ち現れてくるものなのかもしれません。
だとすれば、必要なのは、正解を急いで探すことではなく、ときどき立ち止まって、自分のスタンスを見つめ直すことです。
自分は今、未来を解こうとしていないか。
その構えのまま、動けなくなってはいないか。
もしそうなら、その一歩として、試しにこんな問いを持ってみてもいいのかもしれません。
自分は今、何を定義する必要があるのだろうか、と。
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