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見られている自分に気づく

初めてニューヨークを訪れたとき、強く印象に残った光景があります。
4月下旬、まだ少し肌寒さの残る季節。街を歩いていると、ダウンジャケットを着ている人がいる一方で、タンクトップ姿の人もいる。同じ通りに、まるで違う季節が並んでいるようでした。

「寒くないのだろうか」と思いながら、私は行き交う人たちを目で追っていました。服装だけでなく、歩き方や表情もどこか自由で、それぞれが自分のリズムで街を歩いているように見えました。

不思議だったのは、その街の中で、私自身もどこか自由を感じていたことです。誰も私を見ていない、少なくとも、私のことを気にしていない。そんな感覚がありました。
もちろん、本当に誰も見ていないわけではありません。ですが、そこには「こうあるべき」という圧や、何かと比べて評価されているような息苦しさが、ほとんどありませんでした。

その体験が本当に不思議で、帰国してからもしばらく、「あの街では、なぜあんなにも肩の力が抜けたのだろう」という問いが私の頭の中に残りました。

私の中で起きていたこと

はじめは、「多様性のある街だからではないか」と考えました。
様々な価値観が交ざり合っている場所では、「みんなが同じであること」を前提にしにくい。だから、互いの違いに対して寛容なのだろう、と。

けれど、それだけでは説明しきれない気もしていました。
多様であっても、人が人を見ていることには変わりありません。実際、あのとき、私自身も「あの人は寒くないのだろうか」「どうしてあの服装を選んだのだろうか」と考えながら、確かに人を見ていました。

それでも、私は「見られていない」と感じていたのです。正確には、「見られていることが気にならなかった」と言うほうが近いのかもしれません。

この違和感について考えているうちに、ひとつのことに思い当たりました。
それは、人の視線そのものが私を息苦しくさせていたのではなく、その視線を「評価」として受け取っている自分に、私は強く反応していたのではないか、ということです。

そう考えたとき、少し視界が開けるような感覚がありました。外の世界が変わったというより、自分の内側で起きていることの見え方が、少し変わったのです。

自分の思考に気づく

日本での日常に戻ると、私はまた、周囲の目を気にしている自分に気づきました。

会議で発言するとき、周囲と違う意見を言おうとするとき、新しい提案をしようとするとき。
そんな何気ない場面に、「どう見られるだろうか」「どう思われるだろうか」という問いが頭に浮かんでいました。

以前は、その問いが浮かんでいることにも気づかないまま、言いたいことを引っ込めたり、無難な言い方をしていたように思います。けれど最近は、ふと立ち止まる瞬間があります。
私は今、評価を気にしているのではないか、と。

そう気づくと、「どう見られるか」にただ引っぱられるだけではなくなります。完全に消えるわけではありませんが、少し離れたところから眺められるようになる。そのわずかな距離が生まれるだけで、私には選択肢が浮かんできます。

「それでも言ってみる」
「今回は言わないでおく」

どちらを選ぶとしても、「反応的に行動する」のではなく、「自分で選ぶ」に少し近づけるのです。

「見る側」の自分に気づく

もうひとつ、ニューヨークでの感覚を思い返しながら気づいたことがあります。それは、私たちは「見られる側」であると同時に、「見る側」でもある、ということです。

あのときの私は、人を見ていました。けれど、それは評価するためというより、「いろいろな人がいて面白いな」「日本とはずいぶん違う人たちがいるな」と関心を向けていた、というほうが近かったように思います。
人を「評価する視線」で見ているとき、私たちは同時に、自分もまた「評価される側」として世界を感じやすくなります。対して、人に「関心をもって」見ているとき、自分が見られることへの感じ方も少し変わってくるように思います。

私は、評価的に見られることを気にして圧や窮屈さを感じていた。
そして、そんな自分自身、他の人のことを評価的に見ていた。

そう気づいたとき、ほんのわずかですが、気を張っていた自分の殻が破れ、体が少し軽くなるような感覚になっていきました。

「少し距離をとって自己を見る」

コーチングの対話は、この「少し距離をとって見る」ということを何度も体験する時間でもあります。

心理学者スティーブン・C・ヘイズは、人には「自分についての物語を語る自己」と、その思考や感情を見つめる「観察する自己」があると述べています(※)。

思考や感情に巻き込まれているとき、私たちはそれと一体になりやすいものです。
少し距離をとって、自分の中に浮かぶ思考や感情を観察し言葉にしていくことで、そこに少しの余白が生まれ、無意識のうちに当たり前になっていた自分自身の前提に気づけます。そして新たな選択肢が生まれます。

私たちはこれからも、多くの視線の中で生きていきます。
だからこそ、ときどき立ち止まって、こんな問いを自分に向けてみませんか。

今、私は誰の視線を気にしているのだろうか?
そして、それに気づいていた今、私はどんな選択をしたいだろうか?

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【参考資料】
※ Hayes, S. C. (1995). Knowing Selves. The Behavior Therapist, 18, 94–96.

※営利、非営利、イントラネットを問わず、本記事を許可なく複製、転用、販売など二次利用することを禁じます。転載、その他の利用のご希望がある場合は、編集部までお問い合わせください。

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